高校時代は柔道部に籍を置き2段まで進級したが、
当時、柔道競技には現在のような階級制がなく、
体の軽い自分では重量級の選手にかなわないと考え
大学では全く経験が無い拳法部に入部。
入部すると先輩たちに殴られることから始まり、
全身に傷を負いながら、4年間歯を食いしばって頑張ってきた。
拳法部は上下関係がはっきりとして、
下級生が上級生に反抗すると練習で徹底的にしごかれる。
石原氏もしごかれた内の一人であった。
上級生に少しでも文句を言えば、上級生が入れ替わり立ち代わりに、休む間もなく練習の相手をされる。
練習が終わればダウンして立ち上がれない。
こんな苦しみを知りながらも度々上級生にたて突いた。
このしごきが石原氏には実力が付くことになって、4段を獲得。
毎年、大会には上位に進出ことができた。
大学3年の時に関西大会で1位、そして全国制覇を果たした。
石原さん在学中の拳法部の戦績
昭和33年 関西1位 全国2位
昭和34年 関西2位
昭和35年 関西1位 全国1位 (石原氏3年生の時)
昭和36年 関西2位 全国4位
今は OB会の監査役をしている
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